大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2995号 判決 1967年11月30日
原告 大阪市
被告 有限会社岡惣運動用品店破産管財人 池尾隆良
主文
原告の破産者有限会社岡惣運動用品店に対する大阪地方裁判所昭和四一年(フ)第三九七号破産事件における優先破産債権が金二、二〇〇円であることを確定する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり陳述した。
一、原告は、訴外破産者有限会社岡惣運動用品店に対し、昭和四一年一〇月一六日から昭和四二年二月一四日までの間に水道水を供給し、金二、二〇〇円の売掛代金債権を有していたところ、右訴外人は昭和四二年二月二七日大阪地方裁判所昭和四一年(フ)第三九七号破産事件において破産の宣告を受け、被告がその破産管財人に選任された。そこで原告は昭和四二年三月二四日同裁判所に優先破産債権として右売掛代金二、二〇〇円の破産債権届出をして受理されたが、同年五月九日の債権調査期日において被告は右届出債権の優先権について異議をのべた。
二、しかしながら、原告の右売掛代金債権は左の理由により民法第三〇六条第四号(同第三一〇条)により破産法第三九条所定の優先破産債権に該当する。
原告が地方公共団体でありその経営する水道事業が公共的事業であるとしても、地方公共団体の経営する水道事業は独立採算制を建前とし、その運営経費はすべて水道料金収入に依存しているところ、その料金については、昭和三八年度の地方自治法の改正後は地方税に次ぐ先取特権が否定せられ、その徴収についても地方税の滞納処分の例により得なくなつた結果、私法規定が適用されることとなつたのであり民法の先取特権に関する規定の適用もあると解すべきである。
民法第三〇六条第四号(同第三一〇条)は飲食品薪炭油等の日用品は債務者やその家族の日常生活に不可欠の必需品であるから、掛売でこれらの物を供給した商人の売掛代金債権を他の債権に先んじて保護するとともにそれによつて弱小需要者が日用品の供給を受けられるように債務者自身の保護をも目的としていると解すべきであるから、右規定の適用については、保護さるべき債権者が小商人ないし弱小債権者であるか否かによるのではなく、債権者が債務者やその家族の日常生活に必要な日用品を供給したか否かを問題とすべきであり、債権者が地方公共団体でありその経営する水道事業が公共事業であるというようなことから右規定の適用が排除さるべきものではない。
水は人間が生命を維持しその身体、衣服及び住居の衛生を保持するために必要不可欠なものであり、しかも大阪市内においては水道以外に清浄な生活用水を得ることは不可能に近いのであるから、水道水は右規定所定の「飲食品及び薪炭油」に該当すると解すべきである。訴外有限会社岡惣運動用品店は運動用品の卸売を業としていたもので原告の供給する水はその商業活動に費消されたものではなく、専ら店主、家族等の生活に使用されていたものであるから、該給水は右規定所定の「債務者又は其扶養すべき同居の親族及び其僕婢」の生活に必要な飲食品に該当する。
三、よつて、原告は右売掛代金債権が破産法第三九条所定の優先破産債権であることについて確定を求める。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。
一、請求原因一、の事実は認める。
二、同二、の主張は争う。
民法第三〇六条第四号(同第三一〇条)は小商人ないし弱小債権者保護を立法趣旨とする規定であり、地方公共団体である原告は右規定によつて保護される必要がなく、又その経営する水道事業は地方公共団体としてその住民の憲法によつて保護された生存権を実現する義務の一端として、国家から種々の監督と規制を受ける反面種々の財政上その他の保護を受けて、独占事業として行つているところの営利を目的とせざる公共事業であり、これをめぐる法律関係は通常の私法関係とは異質のものであつて、その料金債務について民法の先取特権の規定の適用はない。
一般先取特権の存在は物権における公示の原則をみだすものであるから民法第三一〇条の適用範囲はこれを可及的に制限して解釈すべきであり、同条所定の「飲食品及び薪炭油」に該当するのは米、塩、醤油、味噌、野菜、薪炭、石炭、石油に限定さるべきで原告主張の水道水は同条所定の日用品に該当しない。同条は右用品について「債務者又ハ其扶養スベキ同居ノ親族及ビ其僕婢ノ生活ニ必要ナル」ものと規定しているが、これは右日用品を自然人たる右の者等の生活に必要なものに限定する趣旨であり、原告主張の如き法人たる訴外有限会社岡惣運動用品店に対する水道料金債権はこれに該当しない。
更に会社更生法関係で電力料金については従来から優先権ある更生債権ではなく単なる更生債権にすぎないとの取扱がなされて来たのであるが右取扱との均衡上電力料金と同質の水道料金についても破産法上同様の取扱がなさるべきものと解されるところ、昭和四二年の会社更生法の改正後は明文を以つて電力料金債権は会社更生手続開始申立後会社更生手続開始決定までのものは共益債権であるがそれ以前のものは単なる更生債権にすぎないとの取扱が採用されるに至つたのであり、電力料金と同質の水道債権についても均衡上破産法上も同様の取扱がなさるべきである。
理由
一、請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。
二、(一) 水道料金債権の性質について
原告主張の本件水道料金債権が地方公共団体たる原告の経営する水道事業における水道水の供給によつて生じたものであることは当事者間に争いがなく、右水道事業について地方公営企業法の適用があることは当裁判所に顕著なところである。
ところで、水道は現在において国民生活に直結し、その健康を守るために不可欠のものであり、万人がこの恩恵に浴することを必要とするもので、そのために法はこの事業については自由競争にまかせず、実質上市町村の独占事業とした上(水道法第六条)、その使用関係についても種々の監督規制を加え契約自由の原則を大きく制限していることは被告所論のとおりであるが、水道事業における水道水の供給とその料金の支払いとは相互に対価的関係に立つものであつて、その点においては私法上の双務契約と性質を異にするところはなく、地方公営企業法第一七条の二第一項は「地方公営企業の特別会計においては、その経費は当該地方公営企業の経営に伴う収入をもつて充てなければならない。」として独立採算制を建前としているのであるから、その意味において本件水道事業は収益を目的としている事業ということができ、昭和三八年法律第九九号による地方自治法改正後の現行法制の下においては、水道料金は同法二三一条の三第三項の規定によつて、同法改正前のように地方税につぐ先取特権を有せず、その料金の徴収につき地方税の滞納処分の例によることもできないこととなつており、水道法第一五条第一項には「水道事業者は、需要者から給水契約の申込をうけたときは・・・」として水道事業者と使用者の関係が対等の立場に立つ契約関係である旨の文言を使用しているものであるから、これらの点を綜合して考えてみれば、本件水道料金債権は私法上の債権であつて、民法の適用があるものと解するのが相当である。
(二) 民法第三〇六条第四号の債権と権利主体について
民法第三〇六条第四号は、日用品の供給によつて生じた債権を有する者は債務者の総財産の上に先取特権を有するとし、同法第三一〇条は、この先取特権が債務者又はその扶養すべき同居の親族及びその僕婢の生活に必要な飲食品及び薪炭油の最後の六ケ月間の供給について存すると規定しているのであるが、この規定は、飲食品、薪炭油等の日用品が債務者その家族等の日常生活に必要不可欠のものであることと、この種の債権が比較的少額であることに着目し、一般債権者に過大の損失を蒙らせることがないように配慮しながら、この種の日用品を掛売で供給した者の売掛代金債権を他の一般債権に優先せしめて債権確保の信頼を保護することにより、資力の乏しい債務者、その家族等に日常生活に欠くべからざる物品の供給を得させようとする社会政策的見地に基づくものと解するのが相当である。
そうすれば、同法条の適用があるか否かは、当該債権が同法第三一〇条所定の日用品の供給によつて生じたものであるか否かによつて決定さるべきもので、日用品を供給した債権者が小商人ないし弱小債権者であるか、大資本を擁する商人であるか、若くは地方公共団体であるかという債権者の資力状態、性格如何によつて決定さるべきものではないのであるから、本件水道料金債権についても、それが同法第三一〇条所定の日用品の供給によつて生じた債権と認め得る限り、同法第三〇六条第四号の適用するものと解すべきことは明らかである。
(三) 民法第三一〇条の「日用品」について
民法第三一〇条が同法第三〇六条第四号の規定をうけて、資力の乏しい債務者その家族等に日常生活に欠くべからざる物品の供給を得させようとする法意に基づくものであることはさきに判示のとおりである。同条は「日用品」として「飲食品及び薪炭油」を規定しているのであるが、水は飲料の優なるものであると共に人の日常生活に何にもまして欠くべからざるものであり、水道はこの清浄な水を供給することを目的とするものであるから、(しかも、本件の如く大阪市内において水道によらないで清浄な水を得ることが原則として不可能というべきことは公知の事実である。)水道水もまたここにいう「飲食品」の一に該当するものと解するのが相当である。
被告は、本件水道料金は法人たる有限会社岡惣運動用品店に対するもので、自然人に対するものではないから、民法第三一〇条の「日用品」に該らないと主張する。然しながら、法人というのは権利主体として考案された法的技術の所産であつて、現実には自然人たる機関、従業員の存在、活動なくして行動する訳のものではなく(従つて、自然人たる機関、構成員以外の抽象的な法人が水道を現実に使用するということはある筈もない。)、特段の事由のない限り、法律上法人を使用者とする水道も現実にはその機関、従業員たる自然人の日常生活の必要のために使用せられるものというべきであるから、この点に関する被告の主張は理由がない。
(四) なお、被告は、電力料金債権について従来会社更生法上優先権ある共益債権として取扱われず単なる更生債権として扱われてきた事実を挙げて、これと同質とみるべき水道料金債権についても、均衡上、同一の扱いが破産法によつて取らるべきであると主張する。然しながら、更生手続開始前の電力料金債権が共益債権になるか否か、更生手続によらないで他の更生債権から優先弁済を受けることができるか否かの問題と、それが本件のように民法第三〇六条第四号、第三一〇条所定の日用品の供給によつて生じた債権に該当するか否かの問題とは自ら別個のものであつて、そのような取扱があるからと言つて叙上の判断を異にすべき根拠はないのであるから、この点に関する被告の主張は理由がない。
三、そうすれば、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条の規定に従い主文のとおり判決した。
(裁判官 藤井俊彦)